方法そのものの価値と目的の必要性

例えば「受験のために勉強していたが勉強そのものが面白くなった」という場合がある。

もちろん、学問の面白さに気付いた可能性もあるのだが、「目的のために地道に蓄積する過程が楽しい」ということかもしれない。

後者の場合、個々の行為自体に価値を認識していたとしても、そこに価値を感じるためにはやはり「受験のため」という最終的な目的が必要になる。